【puree travel】奈良県で靴下産業が栄えたワケ

0

    ◉水不足に悩まされてきた大和盆地

     

    このあたりは、大和盆地と呼ばれ

    雨が少なく常に水不足に悩まされてきた地域。

    そのため米の生産量は少なく、かつて人々は家計を補うために、

    木綿を栽培し、機織りの工賃を稼ぎながら生計を立ててきました。

     

    木綿の栽培には、多くの肥料が必要とされますが、

    大阪から水揚げされた魚などが大和川を通じて運ばれ、

    肥料としてたくさん使うことができたために、

    この地域で木綿産業が発達したのです。


     

    しかし明治時代に入り、インド綿が大量に輸入されたことで

    国内の綿づくりは一気に衰退。

    そうした中で、何とか新たな産業を、

    と考えた、ある一人の村人がアメリカから、

    手回しの靴下編み立て機を持ち帰り

    機織りに代わる仕事として靴下製造を始めます。

     

    これがこの地域での靴下製造の始まりです。

     

    やがてこの靴下製造が、農家の副業から兼業、

    そして本業へと成長していき

    奈良県北西部の一大産業へと発展していきます。

     

     

    
▲こちらが手回しの編み立て機

    ハンドルをぐるぐる手で回し編んでいきます

     

     

     

    ◉ヤマヤ株式会社さんの歴史

     

    ヤマヤ株式会社さんは、江戸時代から木綿業を営み

    時代の流れに沿って、大正時代から靴下の製造を始められました。

     

     

    当時、日本はまだ下駄と足袋が主流の時代。

    最初は軍需用や輸出用の靴下を作っていたそうです。

     

    戦後、大手アパレルメーカーの下請け工場として

    靴下製造を行ってきましたが

    時代が平成へと移り変わる頃、徐々に韓国などの

    より安い海外の工場へ注文が流れるようになり

    社長の野村さんは、危機感を感じるようになります。

     

    「安定した売上を確保するためには自社ブランドの立ち上げが必須」

     

    という想いはあるものの、自社ブランドをつくるということは、

    これまでの取引先との関係性が課題となります。

    野村さんは様々な葛藤の中で、会社を守る方法を模索していました。

     

    しかしある時、これまで取引のあった企業との仕事がすべて

    終了してしまう、というピンチを迎えます。

     

    「やるなら、今しかない」

     

    野村さんは、そのピンチを逆手にとり

    自社のオリジナルブランドの立ち上げを決意。

     

    今では、これまで培った靴下製造の技術力と、

    編み立て機の知識を生かして大人気の「Hoffmann(ホフマン)シリーズ」や

    オーガニックコットンを使った製品「organic garden」を展開しながら

    カスタマイズ対応をされておられます。

     

     

     

    | puree travel | 15:25 | comments(0) | - |
    コメント
    コメントする